美術展「TOKYO 2021─慰霊のエンジニアリング」【災害の国】:負のエネルギーの直撃を受けた社会の強さと芸術の力

 こんにちは!
 お元気ですか?

 展覧会「TOKYO 2021」の紹介&感想記事です。
 この展覧会はSiteA「災害の国」とSiteB「祝祭の国」という2会場構成になっています。そこで、ブログでも記事を2つに分割します。

 この記事はSiteA「災害の国」です。

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真
展覧会場の概観。

2019年10月2日鑑賞

TOKYO 2021
un/real engine 慰霊のエンジニアリング

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

展覧会と記事の概要

一言コメント
  • 2020年の東京五輪、2025年の大阪万博の”先”を見据えた現代美術の展覧会。日本で繰り返される「祝祭」と社会を度々襲う「災害」を《慰霊》という視点からフォーカスします。
  • 日本社会・文化・歴史が抱える暗部と明部が凝縮されていて、過去と未来を考える上で新しい視点や価値観を示してくれる、興味深く意義深い展覧会でした!
  • とにかく展覧会コンセプトテキストが大好き。展示作品の持つパワーも凄かったです!

展覧会のあらまし

「災害」と「祝祭」を繰り返してきたこの国の歴史とともに、文化や科学は新たな想像力や表現、技術を生み出してきましたが、本展では各時代におけるアーティストの営みを「慰霊のエンジニアリング(engineering of mourning)」と名付け、その系譜の一部として日本現代美術史を再構成しました。キュレーターに黒瀬陽平を迎え、若手からベテランまでおよそ30名の作家が、盲信的に進もうとする社会全体に対し、様々な「問い」を投げかける場となりました。会場では本社ビル解体前の状況を活かしたサイトスペシフィックな大型インスタレーションを多数展開し、解体前の建物の最後を飾りました。
展覧会サイト

TOKYO 2021 美術展
「un/real engine ―― 慰霊のエンジニアリング」

展覧会:TOKYO 2021 美術展
会 場:TODA BUILDING 1F
会 期:2019年8月3日〜10月20日
作品リスト:SiteA「災害の国」(PDF
     :SiteB「祝祭の国」(PDF

展覧会の感想

 2019年に開催された現代美術の展覧会「TOKYO2021」の感想です!
 
ここでは、感想を書くに際しての簡単な紹介を最初にします。


 この展覧会は、来たるべき「祝祭」(2020年の東京五輪・2025年の大阪万博)の先を見据えて企画されたものです。日本は度々「祝祭」を繰り返す一方で、その狭間には必ず「災害」が起こっているといいます。1964年と1970年の東京五輪・大阪万博の前には世界大戦と原爆投下が。そして2020年と2025年の祝祭の前には東日本大震災が。災害に先行されるからこそ祝祭が繰り返すのだといいます。
 さらに、災害の後には弔いと復興のための「慰霊」が執り行われ、それはその時代の科学と文化と関係し更新されてきたとします。そこに焦点を当て、現代美術の展覧会として組み立てたのが本展です。

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真





 「災害」と「祝祭」の国。
 なるほど、と。この2つの見方は日本国民の中でなんとなく広く共有しているものだと思います。特に、「1964年と1970年の祝祭」をなぞるかのように「2020年と2025年の祝祭」が開催されることになったという点は誰もが気がついていると思います。
 とはいえそれを、短くとも体系的なテキストとして提示して、しかもそれを一貫したコンセプトとして現代美術作品を展示するというのが素晴らしいです。色々と考える視点をもらいました。

 この展覧会を鑑賞したのは2019年。
 当時を思い返してみれば、やはり目を向けていたのは2020年の東京五輪という祝祭。国立競技場やロゴの再考、臨海部の水質問題、都市インフラの整備遅延、ボランティアの不足、猛暑…..など様々な問題がありましたが、ビッグイベントを前に国内のムード形成は虎視眈々と進んでいました。
 そのような中でこの「TOKYO 2021」展を鑑賞した意味は非常に大きかったと当時は思いました。目の前の催事ではなく、その先の社会や都市を考える契機になりました。同時に、「東京2020大会」は「3.11東日本大震災からの復興五輪」という大義が掲げられていました。まさに慰霊のための祝祭でもあったわけで、この展覧会のコンセプトを読んでスッと胸に落ちました。

 あと、ちょっと思ったのは、2005年日本国際博覧会「愛・地球博」のこと。どうも日本人の中では愛知万博は忘れられがちですよね(笑)




 ここで差す慰霊や鎮魂のための「祝祭」は再現性が薄いものを指していると思うんです。ハロウィーンとかお盆とかのように習慣化され文化の中に織り込まれたものではなくて、災害に対して呼応する即時性とか一過性を帯びているようなもの。

 で、だからこそ、その災害や祝祭の遺産《レガシー》が残ることがまた重要なのだとも思います。例えば石碑とか遺構とか。あるいは復興を象徴する都市インフラとか。




 展覧会の副題は《慰霊のエンジニアリング》。

反復される災害と祝祭のなかで、新たな想像力や表現を生み出す芸術の営みを、「慰霊のエンジニアリング(engineering of mourning)」と名付け(た。)[…]
 災害もまた文明とともに「進化」する。だとすれば、それに対応する学や技術も、エンジニアリングとして更新されてきたはずである。
 災害と祝祭は宿命的に繰り返すかもしれないが、それを乗り越えようとする人々の想像力や表現、技術は、[…]その時代のあらゆる文化、科学と関係しながら更新されてゆく、慰霊のエンジニアリングなのである。
2019年4月15日 黒瀬陽平
TOKYO2021展覧会サイト


 「エンジニアリング」の意味をどう捉えるかは難しいです。直訳の「工学・設計」だけには留まらないと思います。私もニュアンスで掴んでいるだけですが、「エンジニアリング=人がその意思と手で新しい形を生み出す作業/過程」とかそんな感じでしょうか。

 文明の進化。災害の進化。慰霊と復興の進化。
 これも深く納得。「災害を受けて人は知識を蓄積し、科学技術を発展させて社会をアップグレードする。同時に災害が持つ負のエネルギーは芸術の土壌となり、文化を醸成する。これらがもたらした文明の進化を祝い祭典を催す」。まぁこれは完全に私の個人的な解釈ですが、日本国の社会の根源にして本質な気がします。
 あとは、文明の進化は技術とか社会基盤とかのハード面だけでなく、生活とか心理とかのソフト面にも影響するわけです。だから、そこに《慰霊》という精神的側面が強い要素を加えた視点がとても興味深いです。そこにおいては、やっぱり「芸術」の存在が大きいのだな、とも再確認しました。

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真





 そして、今、2020年。
 Covid-19という感染災害に直面した日本。


 2020年に開催される予定だった東京オリンピック・パラリンピック競技大会は延期となり、「TOKYO 2020」という名前が象徴として残される形で「2021年」へと引き継がれることになりました。
 地震でも水害などの自然災害でもなく、テロや武力衝突などの暴力でもなく、感染症。こんな未曾有の事態になると、いったい誰が想像したでしょうか。展覧会当時の2019年には、感想のこの部分は当然なかったですから。

 2020年11月16日の菅義偉首相の発言。

「来年の夏、人類がウイルスに打ち勝った証として、また東日本大震災から復興した姿を世界に発信する復興オリンピック・パラリンピックとして東京大会の開催を実現するべく、安全・安心な大会を実現する」

菅義偉首相


 大震災からの復興を国内外に示す象徴としての「日本の祝祭」という意味合いに加えて、人類視点での「勝利の宣言」が加えられたんだから、過去に類を見ない重要な大会になったことになります。
 もともと、オリンピックは全世界全人類の祭典ではありますが、開会式とかを見れば分かるように開催国の色が強いイベントです。それがこんなにも注目を集めることになるんですからね。




 なんだか曖昧な感想ですが、こんなところでしょうか。

 2019年に「TOKYO 2021」という展覧会を見ることができた経験は、新しい視点や価値観を与えてくれたりと、当時としても非常に価値がありました。
 あわせて、2020年に振り返るとまた大きな意味を持つ展覧会やコンセプトです。

「TOKYO 2021」について

 最初に、展覧会の概要についてです。
 ちょっと文章が多いですが、展覧会のテキストを紹介します。
 とても素晴らしい文章で私も読んで気に入っているし、日本国という国家と社会と都市を考える上で非常に示唆に富んだ内容になっています。

展覧会アーカイブ

 この展覧会はアーカイブが残されています!
 Googleストリートビュー的な感じで会場内を歩き回れたり、作品を見たり解説文を読んだりすることができるので、ぜひご覧ください!

my.matterport.com

2019年という年

 本展が開催された2019年8月3日までの社会情勢を簡単に時系列でおさらいします。
 というのも、2020年12月現在、Covid-19(新型コロナウイルス感染症)が全世界で猛威を振るっている中で、展覧会開催当時の状況を思い出す必要があると判断したからです。

  • 1月11日:厚生労働省の統計不正問題発覚
  • 1月17日:阪神淡路大震災から24年
  • 1月23日:’18年の外国人訪問者数が過去最高
  • 2月22日:はやぶさ2が小惑星に着陸成功
  • 2月24日:米軍基地移設の沖縄県民投票実施
  • 3月11日:関東大震災から8年
  • 3月12日:天皇退位儀式の開始
  • 4月1日:次の元号が「令和」と発表
  • 4月9日:新紙幣のデザイン発表
  • 4月16日:東京オリンピックの競技日程発表
  • 4月30日:天皇退位「退位礼正殿の儀」
  • 5月1日:新天皇が即位/元号が「令和」に
  • 5月9日:東京五輪のチケット抽選開始
  • 6月18日:新潟県で震度6強
  • 6月29日:梅雨前線の影響で西日本豪雨
  • 7月6日:仁徳天皇陵などが世界遺産登録
  • 7月18日:京都アニメーション放火事件発生
  • 8月2日:輸出管理ホワイト国から韓国除外
  • 8月3日:あいトリ「表現の不自由展」中止
  • 8月6日:広島への原爆投下から74年
  • 8月9日:長崎への原爆投下から74年
  • 8月15日:台風10号による西日本豪雨
  • 8月25日:東京オリ・パラのメダル発表
  • 8月28日:九州北部で甚大な豪雨被害
  • 9月9日:台風15号が千葉県を直撃
  • 9月20日:ラグビーW杯日本大会が開幕

「un/real engine ―
慰霊のエンジニアリング」について

 今回の展覧会のコンセプトです。

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

本展は、来るべき2つの「祝祭」(2020年の東京オリンピックと2025年の大阪万博)に向けて企画された現代美術展である。
戦後日本は、ほぼ一定の間隔で大規模な祝祭を繰り返してきた。現に今度の2つの祝祭は、1964年の東京オリンピックと1970年の大阪万博をきれいに反復しているように見えるだろう。
しかしよく見れば、繰り返される祝祭と祝祭のあいだには必ず、大規模な「災害」が起こっている。1964年と1970年の祝祭の前には、世界大戦と原爆投下が、2020年と2025年の前には、2011年の東日本大震災がある。
つまり、この国の祝祭はいつも、災害に先行されている。災害が繰り返すからこそ、祝祭もまた繰り返されるのである。この認識を抜きに、祝祭について考えることはできない。

このような繰り返しを、災害大国であるこの国に宿命付けられた「忘却と反復」であり「もうひとつの永劫回帰」なのだとする歴史観もある(「悪い場所」)。しかし、今まさに眼前で繰り広げられようとしている忘却と反復のなかで、「宿命」に抗い、反復の外へ出るための術を模索することこそ、芸術の「使命」であるはずだ。

本展では、反復される災害と祝祭のなかで、新たな想像力や表現を生み出す芸術の営みを、「慰霊のエンジニアリング(engineering of mourning)」と名付け、その系譜をたどってゆく。

なぜ「慰霊」なのか。災害の後には復興がある。しかし、失われたものや死者たちを弔うことなしに、復興への道は開けない。慰霊の問題は、宿命的に繰り返される災害から立ち直り、前へ進もうとする私たちの社会全体にとって、避けることのできないものだ。

なぜ「エンジニアリング」なのか。「文明災」(梅原猛)という言葉があるように、災害もまた文明とともに「進化」する。だとすれば、それに対応する学や技術も、エンジニアリングとして更新されてきたはずである。

災害と祝祭は宿命的に繰り返すかもしれないが、それを乗り越えようとする人々の想像力や表現、技術は、決して同じ繰り返しではない。それは孤独な「喪の作業(mourning work)」ではなく、その時代のあらゆる文化、科学と関係しながら更新されてゆく、慰霊のエンジニアリングなのである。


言うまでもなく、来る2020年と2025年の祝祭に先行しているのは、東日本大震災である。したがってこの2つの祝祭は、東日本大震災以後、明らかになった課題や、未だ解決に至っていない負債に対する、慰霊のエンジニアリングと深く関係するべきだろう。その意味で、復興事業や都市計画を担う建設会社が主催する「TOKYO2021」内において、慰霊のエンジニアリングを問う現代美術展が開催されることの意味は、きわめて大きいと言える。


本展は、高度経済成長が終わり、消費社会、情報化社会へと向かってゆく1970年代を起点としている。70年代は、物理的なインフラ整備に邁進していた「近代土木(civil engineering)」が、「環境」というトータル・システム設計についてのエンジニアリングへと移行しはじめ、現代美術ではビデオ・アートやコンピュータ・アートなど、のちに「メディア・アート」と呼ばれるようになる、最新のテクノロジーを用いた美術動向が台頭する時代である。

従来の現代美術史は、70年代以降の様々なアーティストたちが取り組んでいた、慰霊のエンジニアリングの系譜にほとんど目を向けてこなかった。本展は、そのような歴史観をくつがえし、時代と並走しながら活動してきた慰霊のエンジニアとしてのアーティストたちに焦点を当てる。

彼ら彼女らは、手持ちのツールを駆使しながら自分たちを取り巻く環境をスキャンし、シミュレーションし、再構築しようと試みてきた。そのシミュレーションは、消費社会における「記号消費」にのみ関わっていたのではなく、慰霊の領域にまで足を踏み入れていた。つまり、現代美術を一種の「シミュレーター」として機能させながら、様々な災害記憶をヴァーチャル化し、作り変え、投企してきたのである。


本展のタイトルは、世界で最もよく知られたゲームエンジンである「Unreal Engine」から取られている。

Unreal EngineやUnityのように誰でも安価で、あるいは無償で利用できる汎用ゲームエンジンによって、ゲーム制作は急速に「民主化」されつつある。汎用ゲームエンジンは、ゲームクリエイターだけでなく、映像作家やアニメ作家、メディア・アーティストたちにとっても、身近な制作ツールのひとつとなっているのである。

現在、多くのクリエイターたちが、ゲームというシミュレーターを使いこなし、シミュレーションされた「アンリアル」な世界のなかで様々な実験的表現を試みている。もともとは軍事技術の流用、転用によって生み出されたコンピュータ・ゲームは、今や自らその起源すらもシミュレートし、自己言及することや批判することがあり得るのだ。

Unreal Engineという言葉を借りたのは、現代美術を独自のアンリアルなエンジンとして、現実のシミュレーターとして捉え、そこで更新されてきた慰霊のエンジニアリングの系譜を探ろうとする本展の視点を明確にするためである。


シミュレーターとしての日本現代美術を、慰霊のエンジニアリングの系譜に位置づける本展の試みが、来るべき2つの祝祭をめぐる狂騒に一石を投じ、未来を創造する想像力の礎になることを願っている。


※本展のコンセプトは、第15回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展日本館コミッショナー指名コンペティションの応募企画書として、2015年に提出された「怨霊の国を可視化する」(コミッショナー:東浩紀。本展キュレーターの黒瀬陽平は「カオス*ラウンジ」名義で参加)に大きな示唆を受けている。
2019年4月15日 黒瀬陽平
TOKYO2021展覧会サイト

開催にあたって

 今回の展覧会のコンセプトです。

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

災害と祝祭を繰り返すこの国において「慰霊」は、避けて通ることのできないテーマである。

鎮魂のモニュメントや建築、あるいは復興のための都市計画、弔いの文学、美術など、現代の「慰霊」は もはや宗教儀礼というより、広く文化、芸術、技術の問題として考えられるべきだろう。
そのような広い射程を持つ「慰霊」の問題を、文明の歩みとともに変化してきた「慰霊のエンジニアリング」と捉え、日本現代美術史の一部として通覧する展覧会……
オリンピックという来るべき祝祭を目前にして、東京のど真ん中の、解体されるゼネコンの本社ビルで、 そのような展覧会を開催する意義は大きいはずである。

……と、考えていたし、もちろん今も、その思いは変わらない。
しかし、展覧会の準備を進めているうちに元号が変わり、大きな、痛ましい事件が立て続けに起きてしまった。慰霊について考えるのであれば、それらの事件について、そこでなされた暴力について、考えないわけにはいかなかった。

当初のプランでは、戦後日本の情報社会化がはじまる1970年代から現在まで、ある程度クロノロジカルに、日本現代美術史を再構成してゆく構想だった。
しかし、現在への応答を試みるうちに、そのプランは大きく変形し、時代の異なる個々の作品が、いつもとは違う顔を見せはじめた。
アーティストによっては、急遽新作に着手し、新たなプロジェクトまで立ち上がりはじめた。 それらは、過去から現在へ直線的に流れる「日本現代美術史」とは、まったく別の枠組みを要求しているように思われた。

結果として、日本現代美術史を通覧する、という当初のプランを大きく逸脱し、現在の混乱のなかを、 手探りで歩むようなキュレーションになった。
けれど、災害と祝祭の歴史が今なお繰り返され、私たちはまさに、そのただ中に生きているのだとすれば、 もとより「歴史を通覧する」揺るぎない視座に立つことなど、不可能だったのかもしれない。

ほとんどの参加アーティストが、時間のないなか、今まさに起こっている事件や問題に、できるかぎり応答しようと、最後の最後まで手を動かし続けてくれた(実をいうと、このテキストを書いている時点でも、 何人かの「新作」が制作中である)。
そのようなアーティストたちの、現在と格闘する真摯な態度と作品こそが、「慰霊のエンジニアリング」 そのものであり、本展のコアであることだけは確かである。

2019年9月9日 黒瀬陽平
TOKYO2021展覧会サイト

「災害の国」作品紹介と感想

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

「災害の国」の感想

 「災害の国」サイドの感想を少し。

 まず純粋に、改めて日本って災害大国だと思いました。地震や津波、台風などの「自然災害」。太平洋戦争や原発事故、地下鉄サリン事件など犯罪も含めた「人的災害」。もしくは国外からの災いもあったり。その背景にある地理的要因とか社会的構造とかを思うと、特殊な国だなぁって思います。(もちろん国外でも災害が多発していることに留意する必要がありますけど。)

 そして、日本人はそれら災害に対して「共存」とかあるいは「忘却」という形で付き合おうとしてる、一方で「被災◯年慰霊式」のように儀式の形が何十年も続いていたりする。

 海外のことを知らないので断言はできませんけど、日本独自の文化というか、閉鎖的な島国で情勢された慰霊の形があるのだろうな、と薄っすら考えたりしました。



 また、災害という”負のエネルギー”の直撃を受けた社会の強さを思い出したり、あるいは芸術が出来ること・担う役割のようなものをボンヤリ考えたりしました。

 この展覧会は8月3日に開幕しました。
 そして会場には7月18日に発生した「京アニ放火事件」を題材に取り上げた作品が展示してありました。火災事件としては平成期以降で最多死者数となった最悪の事件です。同時に、世界中から支援の手と応援の言葉が集まったことも印象深いです。
 そんな事件を、1ヶ月と経たないうちに作品として展示してしまう。この反応速度とか機動力みたいなものは、美術を含む芸術が持つ力だと思います。

 思い返してみれば、3.11東日本大震災後にも、復興支援としてアーティストが現地に行ってライブをしたりワークショップを開いたりと被災者に寄り添うようなことをしていたり。あるいは地震や原発などを科学的な観点で捉えて作品にしたり、記録することを目的とした活動をしたり……と芸術の柔軟性って凄いです。



 展覧会「災害の国」パートの全体的な感想はそんなところでしょうか。あとは、個々の作品のところで一言二言コメントを書いています。

作品紹介と感想

 作品紹介と簡単な感想です。

Summer clouds

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

作家:梅沢和木
作品名:Summer clouds
制作年:2019

 膨大な情報量を持つコラージュ。
 最初に見た時は、アニメやマンガなどオタクカルチャーの切り抜きやコミケの様子が真っ先に目に入りました。結構名前が分かるキャラとかもいてちょっとテンションあがったり(笑)
 で、作品名とコンセプト文を読んで「雲」があることにようやく気が付きます。明言はされてないですが、素材出典に「B-29『Necessary Evil(必要悪)』から撮影されたきのこ雲」と記載されていたので広島に落とされた原爆でしょう。これに気が付かないでアニメが先に目に付くあたり、この作品が言わんとしていることそのものなのかもしれないなぁ……なんて思いました。

「雲Cloud」と「群衆 Crowd」をモチーフにした新作。夏空に浮かぶ雲と、不吉な 爆煙。祝祭に集う群衆と、災害にみまわれ避難する群衆。「クラウド」という音によって 様々なイメージをつなぎ、災害と祝祭の風景を描き出す。
TOKYO2021

Firewall

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

作家:大山顕
作品名:Firewall
制作年:2019

 前にTVで見たことあったので知っていました。人が生活を営む建物が「防火壁」になるなんて、SFで見る対災害都市とのものな気がします。『エヴァンゲリオン』の第3新東京市なんてまさにこれじゃないですか!

田川沿いにある「白鬚東アパート」は、高さ40mの棟が1.2kmにわたってつながっており、それ自体が巨大な「防火壁」となっている。関東大震災の火災で多くの 人命が失われたことを教訓に作られたこの巨大ファイアウォールは、災害の記憶によって生まれた都市の風景である。
TOKYO2021


 それから、作家自身のキャプションもあったので、それも掲載します。

1.長さ1.2kmの防火壁
 墨田区の白鬚東アパートは文字通りファイアーウォールである。隅田川の曲線をトレースするようにややジグザグになりながら一列に並んだ、高さ40mの棟はすべてつながっている。その長さはなんと約1.2km。 ベランダには防火シャッターが設けられており、各所に放水銃も設置されている。地震などによって周辺が大火災に見舞われた際には、シャッターとあらゆるゲートが閉じ、巨大な一枚の防火壁となって、背後の公 園に避難した付近住民を火の手から守る。
 隅田川沿いを4kmほど下った同じ墨田区内、横網町公園内に東京都慰霊堂がある。 1923年9月1日に発生した関東大震災の際、当時被服廠跡と呼ばれた空き地であったこの場所に避難し た住民のほとんどが、隅田川を背後に火の手に追い詰められ、火災旋風に巻き込まれ亡くなった。ここでの死者数3万8千人は、関東大震災の死者・行方不明者の1/3にあたる。これを教訓につくられたのが巨大ファイアウォール・白鬚東アパートである。1977年に竣工した。
 東京都慰霊堂からさらに数百メートル下った場所には回向院がある。この寺は1657年の明暦の大火による焼死者10万8千人を葬ったことから始まり、 後に安政大地震をはじめ、ほかの災害・事故による死者、また刑死者などの無縁仏も埋葬するようにな った。白鬚東アパート、東京都慰霊堂、回向院。隅田川左岸には震災にまつわる建造物が集中して並んでいる。この川を下ることは、東京/江戸の震災の歴史を遡ることでもある。

2.災害という「作者」
日本の建造物には、設計者・施工者のほかに「作者」がいると思う。災害という作者である。
台風、地震、火災、水害、戦災。大きな災害が発生すると、その教訓が新たな技術・工法、法・基準といったものに反映され、次代の建造物に埋め込まれる。およそぼくらが東京で目にする建築・土木構造物の全ては、災害という「作者」によってつくられている。
 1924年に市街地建築物法に導入された耐震規定は関東大震災の被害を受けて制定されたものだ。そして1943年鳥取地震、44年東南海地震、45年三河地震、46年南海地震、48年福井地震、と1943年から48年にかけて千人以上の死者を出す地震が5つも発生した。もちろんその最中に日本中の都市が空襲の被害を受けている。敗戦1ヵ月後の1945年には枕崎台風、そして47年にはカスリーン台風が東京を水没させ甚大な被害を与えた。新たな建築基準法が制定されたのはこれら立て続けに起こった災害の直後1950年だ。その後1964年の新潟地震、68年の十勝沖地震の後71年に建築基準法の改正があり、さらにその後78年の 宮城県沖地震を経て81年に大きな改正が行われ、95年の阪神・淡路大震災の後にも「2000年基準」と 呼ばれる改正が行われている。
 みなさんがいまいるこの戸田建設のビルも、戦災で焼けた本社ビルが建て替えられたものだ。今回それが 取り壊され、いくつもの災害の教訓を埋め込んで新たなビルになるというわけだ。
 つまり東京の都市風景を見るということは、災害を見ると言うことなのである。しかし、そうやって見ることは難しい。建築はそのような「作者」を内部に抱えていることを意匠によって隠そうとするからだ。それに比べると、堤防や防潮堤、高架の梁と柱など土木構造物の場合は、一見「作者」をむき出しに見せているように見える。 20年以上にわたって世界中の団地を撮影してきたぼくは、団地は建築と土木の間に建っていると思っている。 白鬚東アパートはその分かりやすい例だ。
 防災インフラは過去に起こったのと同様の災害が発生した際に被害を防ぐためのものである。事実、 例えば現在の江戸川区の水害対策はカスリーン台風の被害を元にしている。50年前の台風を教訓にせざるを得ない理由は、それ以降東京で大きな水害が発生していないからだ。 これは土木構造物がちゃんと機能していることの証明であるが、一方で災害の可能性を「忘れさせる」ことを目指しているとも言えないだろうか。防災インフラが優秀であるが故に、中小規模の被害は発生しなくなり過去 起きたことのない大災害のみが発生する。皮肉なことにこうしてぼくらは災害を忘れ、被害者を忘れてしまう。
 災害という「作者」をもつ建造物は、慰霊碑として見ることが可能なはずだとぼくは思う。白鬚東アパートに沿って歩くたびに、ぼくは巨大な慰霊碑を巡っているように感じる。今回その全景1.2kmを7mの一枚に収めた。マニ車を回すように「巡礼」をしてみてほしい。

3.ふたつの十字架
東京都慰霊堂と白鬚東アパートには興味深い共通点がふたつある。ひとつは「十字架」だ。
東京都慰霊堂は、1930年に関東大震災の犠牲者を祀る「震災慰霊堂」として建設された。後に東京大空襲による身元不明の犠牲者も合祀するようになったため現在の名となる。16万3千体の遺骨が安置されている。
園内には、悪質なデマを発端として命を奪われた朝鮮人を追悼する「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」もある。
 慰霊堂の建築の特徴は、コンクリート造でありながらてりむくりの効いた日本風の外観にある。設計・ デザインを手がけた伊東忠太らしい造形だ。ちなみに、この慰霊堂の設計にあたってはコンペが催された。 ー等に選ばれたのは若手建築家前田健二郎によるモダンなデザイン案であったが、これにいちゃもんがつく。 事態は設計趣旨への批判にまで及び、最終的にコンペはご破算となってしまう。メディアを巻き込んでの 騒動となったこの一件は、先頃の新国立競技場の顛末を彷彿とさせる。これに決着を付けたのが、伊東忠太によるデザイン案である。コンペの審査員であった伊東が設計してしまったことは問題だと思うが、ここではそれについては置いておこう。
 奇妙なのはその内部だ。左右に列柱がある天井の高い左右対称の空間。正面に祭壇があり、ディテールは仏教建築を思わせるが、中心を通路が貫き、その左右にベンチが並ぶさまは完全に教会の構成だ。左右の柱の後ろには教会の側廊としか言いようのない空間があり、そこには震災と戦災の様子を描いた絵画が、 まるでステンドグラスの代わりのように並んでいる。伊東忠太が教会を模したのは平面図を見ても明らかだ。 完全に十字架のレイアウトである。伊東がどういうつもりで設計したのか、また、モダンすぎると前田案を却下した施主の東京市がこのような奇妙なデザインを受け入れたのかは謎である。
 白鬚東アパートの「作者」のひとつは、竣工の13年前1964年に発生した新潟地震である。
同じ時期に地震学者河角広の「大地震69年説」が発表され、関東大震災後半世紀経ち高度経済成長を 謳歌していた東京都民に大きなショックを与えた。こうした状況を背景に、白鬚を含む、隅田川と荒川に囲まれた江東デルタ地域に防災拠点整備が計画される。この計画の元になったもののひとつが、高山英華が1966年に発表した「十字架ベルト構想」である。これは墨田区と江東区、江戸川区の一部をあわせたエリアに、幅500mの帯を東西南北に文字通り十字架のようにレイアウトし、そこに避難地となる施設とオープンスペースを配置する構想である。
大山顕

「 ニシ  ボイ  」

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

作家:ア ヤ   ズ
作品名:「 ニシ  ボイ  」
制作年:2005-2019

 インパクトが凄かったです。
 コンクリートがむき出しになった床に置かれた真っ白い綺麗な骨壷。壁に背を預けて座る人間。全く身動きをしないから最初は人形かと思ったら、瞬きして呼吸をするからびっくり。さらに、壁一面に書き殴られた狂ったような文章とも台詞とも不明なテキスト。
 解説を読めば、「地下鉄サリン事件」を題材に麻原彰晃の発言や東京拘置所の落し板のサイズに切った床に骨壷を置いたという。飴屋さん本人の創作活動による部分が大きい作品とはいえ、第一印象と実際の内容が乖離していないことが恐怖でした……。

今回、飴屋には「地下鉄サリン事件以後、一時的に制作を休止したことについて」というテーマで新作を依頼した。
その結果、
1.会場の床と天井を110cm四方切り取る
(東京拘置所の「落とし板」のサイズ)。
2.骨壷を持ち込む。
3.2005年の「バ  ング  ント」展で発表した作品の再展示(椹木野衣が「サ ラギノ 」名義で寄稿したテキストと、日本列島を消去した気象映像)。
4.1997年4月24日の第34回公判における麻原彰晃の発言。
5.現在の上九一色村の風景。
6飴屋法水自身が会場に居ること。
主にこの6つによって構成される作品となった。6つの要素は必ず全て揃うわけではなく、また会期中に変更される可能性もある。
TOKYO2021

見ることは信じること

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

作家:八谷和彦
作品名:見ることは信じること
制作年:1996

 災害に関わる記録の重要性とか、報道や行政でなく個人が残した情報の大切さというのは東日本大震災でも痛いほど経験しました。たぶん本質はそれと同じものですよね。
 で、インターネットを活用した点が特筆に値するのだと思います。当時、まだ普及していなかったネットは、まさにこの阪神淡路大震災で注目され、同年発売のWindows95の登場によって爆発的に広がった歴史があります。なので、その草創期からネットをメディアとした作品を制作していることがまず凄いです。
 加えて、見せ方が上手い! この作品はゴーグルを装着することで電光掲示板に投影される文字列を読むことができます。「普段は見えないけどデバイスを介して読むことができる」という形が良いと思いました!

1995年の阪神淡路大震災をきっかけにおこなった「メガ日記」プロジェクトをもとにした作品。「メガ日記」は、100人が100日間日記をつけ、パソコン通信上で交換するというプロジェクト(実際には1回目は約140名、2回目は約250名の参加者があった)で、ニフティサーブやインターネットで日記が毎日収集・公開された。災害をめぐる人びとの言葉を、ネット上の「日記」という場所をつくることで可視化し、アーカイブした、最初期のメディア・アートの名作である。
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盲目の爆弾

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

作家:竹内公太
作品名:盲目の爆弾
制作年:2019

 太平洋戦争で日本軍が開発した、和紙とこんにゃくで作った「風船爆弾」を取り上げた作品です。この風船爆弾について、小学校の授業で習った時の驚きを今だに覚えているんですよ。
 作品名の《盲目の爆弾》は何のことやら? 一つ思ったのは、ルドンの版画《眼=気球》に掛けているのかな?と。2つを比べると確かに「盲目」という表現がしっくりきます。

第二次大戦末期、日本軍は「風船爆弾」という特殊な兵器を開発し、アメリカ本土攻撃を試みた。和紙とこんにゃく糊などでできた風船は、劇場などの広い室内空間を利用して手作業で作られた。完成した風船爆弾およそ9300発は、千葉、茨城、福島の海岸近くにある基地に集められ、空に放たれた。竹内は、ワシントンとシアトルにある国立公文書館の資料などを頼りに、風船爆弾が着弾した地を訪ね、この「盲目の爆弾」が見ることのなかった風景を、映像化した。
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「忘れない」震災犠牲者の行動記録

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

作家:渡邉英徳
作品名:「忘れない」震災犠牲者の行動記録
制作年:2019

 3.11の岩手県の震災被害者の避難行動をデジタル地図上に視覚化した作品。
 高台に向かっていたり、同じ方向に集まるように動いていたりと、避難行動がとても客観的に見えて、その重要性を実感します。
 よくTV番組でも再現ドラマとかをやっていますが、TV番組のように”避難者個人の顔”が見えないことが、逆に一般性を帯びているように思えて印象深かったです。

渡邉はこれまで、「ヒロシマ・アーカイブ」や「東日本大震災アーカイブ」など、戦争や災害の被害者の記録を、デジタルアース上にアーカイブするプロジェクトを続けてきた。本作は、岩手県における震災犠牲者の「地震発生時」から「津波襲来時」までの避難行動をまとめたデジタルアーカイブである。渡邉は、本来は声も身体も持たないデータを紡ぎ、震災犠牲者の行動記録として可視化する。
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個室都市東京 2019

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

作家:高山明
作品名:個室都市東京 2019
制作年:2009-2019

 「個室ビデオ店」を模したブースでインタビュー映像を視聴する形の作品。制作背景には、秋葉原通り魔事件と「ネットカフェ難民」という言葉があるそう。
 「ネットカフェ」とか「カプセルホテル」とか「カラオケ」とか確かに個室空間が多いのかもしれない、とはいえ東京だけなわけではないけど。プライベートな空間で赤の他人の興味すらないインタビューを視聴する謎の時間よ…..(映像は確か6分くらい)

「個室ビデオ店」や「ネットカフェ」を模したブースで見ることができるのは、街ゆく人びとへのインタビュー映像である。本作が最初に発表されたのは2009年。ちょうどその1年前に秋葉原通り魔事件が起こり、「ネットカフェ難民」という言葉が話題になった。社会から疎外された人びと、居場所がないと感じる人びとの「避難場所」としての「個室」。今回は新たなインタビュー映像を加え、2019年バージョンとして展示した。
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東海道五十三童子巡礼図

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

作家:カオス*ラウンジ
作品名:東海道五十三童子巡礼図
制作年:2019

 2019年7月の「京アニ放火事件」を受けて制作された作品。東京と京都を結ぶ東海道に善財童子を配置して、現実と虚構の関係を考える作品。
 描かれた善財童子は、京アニ作品に登場するキャラクター(『日常』の長野原みお、『響け!』の黄前久美子など)にも似ているような気がします。

2019年7月18日、京都市伏見区の京都アニメーション第1スタジオで発生した放火事件を受けて制作された絵画。現実と虚構(アニメ)を橋渡しすることに尽力した京都アニメーションに対して、虚構のなかに、現実の暴力(危険物)が持ち込まれてしまった。現実の暴力によって壊されてしまった虚構を回復し、虚構と現実の関係を問い直すために、東京と京都をつなぐ「東海道」と「善財童子」を描いた。制作は、藤城嘘と名もなき実昌が指揮を執り、15名の絵師たちの協力のもと進められた。参加絵師:内田ユイ、梅ラボ、川上喜朗、ク渦群、cottolink、杉本憲相、都築拓磨、TYM344、名もなき実昌、宏美、藤城嘘、BeBe、堀江たくみ、三毛あんり、宮下サトシ、×□、mos
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53つぎ

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

作家:梅田裕
作品名:53つぎ
制作年:2019

 東海道の宿場町53箇所で採取された砂がそれぞれ詰められた座布団を踏むことができる作品。入り口から《京都》まで続いています。上の「東海道五十三童子巡礼図」に合わせたように思います(実際に歩ける東海道として、巡礼のための東海道として)。
 四国の「お遍路」とか、富士山に登る「富士講」とかでも「境内の地蔵88体を回ればOK」という短縮版が各地にありますよね。この作品もそんな感じかな、と。

床に並べられた白い座布団は、全部で53個ある。座布団のなかには、東海道の53箇所の宿場で採取された「土」が入っており、京都の方向へ向けて配置されている。
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《Bad Art For Bad Prople》で使用された赤いケーブル

TOKYO2021美術展「un/real engine 慰霊のエンジニアリング」写真

作家:三上晴子
作品名:《Bad Art For Bad Prople》で使用された赤いケーブル
制作年:1986

 元々は「情報社会と身体をテーマにした作品」を制作発表すえう三上が、「NTTの廃棄ケーブルを用いて情報化社会を前にした都市の身体や神経網を表現した」作品なのだそう。
 今回はじめて知りましたが、めっちゃ好き! 絡まったケーブルが脳に、赤いケーブルが血管に、鉄くずの塊が心臓に見えます。「都市が意思や意識を持つ」って何かの有名なSF作品で読んだことがありますが、インフラの残骸で表現されたこの作品はまさにそれ! めちゃくちゃ気に入りました!

1984年から情報社会と身体をテーマとした作品を発表し、国内外で活躍してきた三上は、2015年1月に急逝。1986年の《BadArtForBadPeople》は、当時NTTが大量に破棄した地下電話線を用いたインスタレーションで、本格的な情報社会化を目前に控えた都市の身体、神経網を表現した重要な作品である。本作はもう現存しないが、多摩美術大学アーカイヴセンターに保存されていた当時のケーブルをお借りし、展示した。
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MONUMENTFORNOTHINGIV (2019ver.)

作家:会田誠
作品名:MONUMENTFORNOTHINGIV(2019ver.)
制作年:2012-2019

 写真撮影は禁止。
 壁一面のパネルに、福島第一原発事故で爆発した原発建屋が描かれ、そこにTwitterへのツイートがコラージュされている作品です。
 2011年3月11日当時、LINEはまだなく、またTwitterの利便性や社会的機能の評価が大きく行われました。個人が自由に情報発信できるメディアであり、かつ感情がストレートに出るというところが従来のマスメディアと違うところだし、それが形として残されるのがとても面白いと思いました。

巨大な壁として立ち上がっているのは、東日本大震災で被災し、水素爆発を起こした福島第一原発建屋を描いたパネルである。よく見るとその表面は、東日本大震災と原発事故について言及したTwitter上のさまざまな「つぶやき」によって覆い尽くされている。巨大な災害を目の当たりにした人びとがネット上に書きつけた、たくさんの「言葉」がそのまま「モニュメント」と化している。
TOKYO2021


 「TOKYO2021」の美術展SiteA【災害の国】の作品紹介と感想は以上です!

 こちらがSiteAということで前半になるわけですが、もうすでにお腹いっぱい。色々と考える機会になったし、これが無料だとは……。お金を払ってでも観たいクオリティの展覧会でした!

 続く【祝祭の国】は近日中に公開します!
 【祝祭の国】はこちらです!

読んでくださり、
ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!

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